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シャック伝説を動画で振り返る!誕生~マジック時代のハイライト!

シャック伝説を動画で振り返る!誕生~マジック時代のハイライト!

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NBA史上最強のパワータイプのセンターといえば
間違いなくシャキール・オニールの名前が挙がりますよね。

シャックがNBA入りする頃、リーグのトップセンターと言えば
ニックスのパトリック・ユーイング
ロケッツのアキーム・オラジュワン
スパーズのデイビッド・ロビンソン
あたりだったと記憶しています。

シャックはNBA入りしていきなり
トップセンターの仲間入りを果たしました。

今回はシャックの誕生~マジック時代
まとめていきたいと思います。


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シャックの誕生から高校時代をチェック!

シャックは1972年3月6日、ニュージャージー州、ニューアークで生まれました。

父のジョセフ・トニー高校時代バスケのオールスター選手
シートンホール大からスカラシップをオファーされ進学。

しかしトニーはシャックの幼児時代から麻薬中毒で苦しみ、
薬物所持で刑務所に入れられてしました。

その間に母のルシールは陸軍軍曹のフィリップ・ハリソンと再婚。

シャックは実の父、トニーと関係を構築する気はなく
会うこともない
とコメントしていますね。

高校時代のシャックはロバート・G・コール高校で2年間プレイ。

シャック 高校

シャックのいた間、チームは68勝1敗。
チームを州チャンピオンへと導きました。

1989年にシャックの残した791リバウンドというシーズン記録は
未だに抜かれていないそうですよ。

それではシャックの高校時代のプレイを動画で見てみましょう!

シャックのカレッジ時代(LUS)をチェック!

高校卒業後、シャックLSU(ルイジアナ州立大)に進学
シャックはLSUに4年在籍(1989–1992年)ビジネスを先攻しました。

1992年はNBAでプレイしながらLSUで勉強し卒業しています。

シャック LSU カレッジ

LSUでプレイした間にシャック
2度のオールアメリカン選出
2度のSEC(サザンイースタンカンファレンス)のMVP
NCAA男子MVPに選出

LSUの殿堂入りも果たしていますね。

それではシャックのLSU時代のハイライトを動画でチェックしましょう!

シャックがNBA入り!マジックを強豪チームに!

1992年NBAドラフト全体1位でオーランド・マジックから
指名を受けたシャキール・オニール

彼の伝説の始まりです。

シャックのNBAルーキーイヤー!リングを2度破壊!

シャックはその夏、オーランドに移動するまで多くの時間をロサンゼルスで
マジック・ジョンソンから指導を受けることに費やしました。

NBAレギュラーシーズンが開幕するとシャックはいきなり
第1週の週間MVPとなります。
(ちなみにこれは史上初の快挙

シャック ルーキー

シャックがルーキーシーズンで残したスタッツは
23.4得点(FG成功率56.2%)、13.9リバウンド、3.5ブロック

シャックは1985年のマイケル・ジョーダン以来となる
ルーキーとしてオールスターファン投票でスターターに選出されたり
ダントツで新人王を受賞したりと人気と実力を備えた
NBAスーパースターの仲間入りをしました。

オーランド・マジックは前年から20以上の勝ち星を積み上げ
41勝41敗の成績を残しましたが、惜しくもプレイオフ進出を逃しました。

ちなみにシャックはルーキーイヤーにゴールを2度破壊

規格外のシャックのパワーに対応するため
ショックを逃がす形に改良されたというエピソードもあります。

シャックのボード破壊シーンまとめ動画をチェックしましょう。

シャックのマジック2年目をチェック!ペニーとのコンビ

2シーズン目となる1993-94シーズン
シャックの平均得点は29.3得点(FG成功率60%)まで伸びます。
デイビッド・ロビンソンに次ぐ2位の記録)

93年11月20日のネッツ戦では
24得点、28リバウンド、15ブロックという
えげつないスタッツを残しました。

チームとしてもマジックはドラフト当日にトレードで
アンファニー・ハーダウェイを獲得したことで
うまく機能し、50勝32敗という好成績を収めて
フランチャイズ史上初のプレイオフ進出を成し遂げます。

それではここでシャックのハイライト
誕生~学生時代~オーランド・マジック時代までを
動画で振り返りましょう。

シャックのマジック3シーズン目!初の得点王に輝く!

翌94-95シーズン、シャック平均29.3得点
初めて得点王のタイトルを獲得。

チームも57勝25敗と絶好調。

プレイオフでも破竹の勢いで勝利を重ね
カンファレンスセミファイナルでは復帰した
マイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズを撃破

カンファレンスファイナルでレジー・ミラー率いる
インディアナ・ペイサーズをも破り
NBAファイナルに進出します。

ファイナルの相手は前年度NBAチャンピオンの
ヒューストン・ロケッツ。

前評判の低かったロケッツですが
アキーム・オラジュワンクライド・ドレクスラー
さらには若きロバート・オーリーのいた
ロケッツにまさかの0勝4敗でスィープされてしまいました。

シャック自身もオラジュワンのプレイに翻弄されてしまいました。

このファイナルがきっかけでシャックは
『パワーだけではだめだ』
と気づき、プレイの幅を広げるきっかけになったそうです。

シャック オラジュワン

シャックのマジックラストシーズン!ブルズに完敗

マジックでのラストシーズンとなった95-96シーズン
シャック怪我の為、28試合を欠場

スタッツも少し落として26.6得点、11リバウンド

しかしチームは過去最高となる60勝22敗を記録します。

プレイオフでは余裕を持ってピストンズ、ホークスを破りますが
カンファレンスファイナルではシカゴ・ブルズと対戦。

シャック ジョーダン

このシーズン、ジョーダンピッペンロッドマン
史上最強トリオで72勝を挙げたブルズには全く歯が立たず敗退。

オフにFAとなったシャックペニーとの不仲も噂され
子どもの頃から憧れていたレイカーズに移籍しました。

続きはレイカーズ編で…。

アップし次第リンクを貼りますので
再チェックよろしくお願いします!


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Comments & Trackbacks

  • コメント ( 2 )
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  1. 当時、同カンファレンスではペイサーズのスミッツ、ブルズのウェリントンやロングリーがシャックに全く歯が立たず、モーニングはまだ若く、ユーイングも膝が調子悪そうでシャックの天下だったと記憶しています。
    逆にウェスタンはオラジュワン、ロビンソン、確かムトンボもデンバーだったっけか、しのぎを削っていましたね。
    センター戦国時代の夜明けにシャックが加わっていよいよスーパーセンターの時代へと突入したと記憶しています。

    • 78年生まれさん

      コメントありがとうございます!

      モーニングはシャックと同期でシャックに次ぐドラフト2位でしたね~。

      モーニングはサイズがなかったのでシャック相手には
      ちょっと厳しかったと記憶しています。

      シャック相手にまともに対抗できたのは
      オラジュワンだけだったと思います。

      ディフェンスではロッドマンもシャック相手に
      押されない強さを見せていましたね~。

      ムトンボもシャックのパワーに押されまくってましたし…。

      イヤー、懐かしいです!(笑)

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